ぱろしょ出張所

創作小説投稿サイト「ぱろしょ」の管理人たちが書くゆるいブログ。 一話が数行で終わる超ショートショートを書いてみたり、無とはなんなのか。なんでもいいや、という境地を見出す感じのブログです

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ビビンバ吉田です。

心の乱れとはを書きました。
で、ぱろしょ本家の方に珍しく投稿したので
今回はリンクを貼る形で。

お読みいただけると幸い。

アタラシイウィンドー!(魔法っぽい)で開きます
心の乱れとは~第27乱~



最近、コレの世界観を考えてたからか、
書いてから読み直してみたら少しそのへんも入ってるような気がしましたです。
ついうっかり入ってきちゃうもんなんですねい。


(文・ビビンバ吉田)
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今日は平和だった。
どれくらい平和だったかというと、天気予報が晴れのちケーキだったので、
何ケーキだろう?と
思っていたら翌朝マカロンがふっていて、天気予報外れたなあ、
と空飛ぶパティシエを見上げながら
すこしガッカリしてしまうくらい平和だった。

今日もいつものように法規制にひっかかりながら家路に着く。

部屋に入って携帯電話のディスプレイを見る。
――不在着信1件。
留守番電話サービスに接続する。

「ヨボチャとノートに匹敵するしいたけは干ししいたけだけだね」

メッセージは終了です、という機械アナウンスの途中で通話を切った。

――やはり彼女からだった。

……ヨボチャ?
ヨボチャとは、カボチャの親戚のことなのだろうか。
ヨモギとカボチャの混合種とか。
あるいは息も絶え絶えにヨボヨボと動くカボチャなのか。
ヨボ茶というお茶なのかもしれない。ヨボを干したお茶。
そうなると『ヨボ』という植物か製法かが無いと成立しないが、
ヨボという物質に心当たりがないから、お茶では無い、か。

もしかしたら業界用語っぽく、元の単語を逆読みしているのかもしれない。
チャボヨとトーノ。あ、だめだ。意味がわからないから違うなコレ。

ヨボチャは一度置いておいて、ノートを考えてみよう。
ノートは、普通の紙のノートでいいのか?
とすると、ヨボチャはノートとセットになりそうなものから
連想するのが良さそうだ。
カボチャとノートを脇に抱えている人は滅多に見ないから、
カボチャの仲間という線は薄いと言える。
もしかして何かの略語、ということは無いか。
ヨボチャ。予防注射。
そうか、予防注射ならノートが近くにあっても違和感がない。
医者がヨボチャとノート片手にコーヒーを飲んでいてもおかしくはないだろう。
この可能性は高そうだ。

そして、それに匹敵するしいたけが干ししいたけだという。
どういうことだ。

予防注射で病気を防ぐという効果の観点からすると、
干ししいたけは生のしいたけに比べて旨み成分はかなり多いものの、
栄養価でいうとビタミンDが多いくらいで
病気の予防に向くとは聞いたことがない。
更に予防注射の液に旨みたっぷりという話は聞いたことがないから
この観点での匹敵ではなさそうだ。
しいたけ < ヨボチャとノート ≦ 干ししいたけ
の不等式になるのは、どういう見方をした時だろう。
予防注射の医療行為そのものとノートに診察記録を残すという一連と
しいたけを干すということが同じ土俵に立つのはどういう時なのか。

……これは、全く思いつかない。

予防注射という医術によって病気が発症・悪化するのをあらかじめ抑える知恵と
しいたけを抜いてすぐに食べずに干してより良い食材とする知恵は
同じくらいの価値があって、そういう意味で匹敵と言っているのか。

いや、彼女はそんな無意味な遠回しな言い方はしないと思う。
となると、ヨボチャは予防注射の事ではないのかもしれない。
やっぱりわからなくなってきた。

彼女はいったい何を言いたかったのだろうか。


とにかく今日も平和だった。
明日も平和だろう。


(文・ビビンバ吉田)
ビビンバ吉田です。

今回はぱろしょ本家の方に心の乱れとはを投稿したのでそれのリンクはっておきまーすー。

気が向いたときに読んで頂けますとありがたく。

心の乱れとは ~第26乱~



んー、他に何か書こうかと思いましたが、
もう夜遅いし寝ます。

(小説・ビビンバ吉田)
心の乱れとは BlogEdit 2乱


今日も平和だった。
どのくらい平和だったかというと、相撲をとろうと思ってまわしを装着しようとしたら締め方がわからずぐるぐるまきになってしまい、近隣の人に「黒星です!」と助けを求めたら出てきた人にそのまま上手投げされてしまうくらい平和だった。

家路に着き、留守番電話を確認する。
――1件。
再生ボタンを押す。
「壁ご飯は私の気持ちを無視するから困るんだよね」
……。
やはり彼女からだった。

壁ご飯?
かべごはん??


壁ご飯とは、何だろう。
これまで、ご飯で作った壁というのは聞いたことがない。少なくともほかほかご飯をそのまま固めて壁にするということは考えにくい。どう頑張っても数日で腐る。生米では粘性が低くて壁にはできそうにもない。それにお百姓さんに「米は食え」というような事を言われてしまう。
となると、壁が食べるご飯なのだろうか。普通にそこらにある壁がご飯をもしゃもしゃ食べているのは見たことがない。自分が見ていないときに何も食べていないとは、言い切れないのだが。
具体的にどういう壁を指しているかわからないが、ご飯を食べる、ということは生きていると考えられそうだ。
生きてる壁…?
生きてる壁といったら妖怪ぬりかべが真っ先に出てくるが、あれは想像の産物だから除外しておこう。
他に生きてる壁、と考えると、何があるか。壁とは何かの仕切りとする為に設置される物を言うが…。
壁は仕切り。生きている仕切り。

いや、壁単体が生きているのではなくて壁をもっている何かが生きていると考えてみよう。そして壁は物理的に存在している物ではなく、もっと精神的な壁を指しているとすると…。

つまり、心の壁。

心の壁だ。
誰しも心には壁がある。勝手に踏み込まれたくない領域があるからだ。その領域の周りに壁がある。
ご飯を食べているのは壁を持っている生物の方で、壁の方がもしゃもしゃ食ってる訳ではない。
そして、彼女の心の壁が彼女の気持ちを無視する。
これはかなりつじつまが合うのではないか。

そう、心の壁が邪魔をして本当の気持ちと行動が一致しないということを言っている可能性が高い。
ご飯という要素を含めて考えると、絶望の淵に立たされていても美味しいご飯を食べたら対外的には元気でたように振る舞ってしまうと状態があると言っているのか。
それとも、心の壁のご飯はつまり心の栄養ということだから、表面的に嬉しいことや悲しいことがあると本質的に持っている感覚や思想に反してそのときの感情だけに行動が左右されて、自分自身のありようがブレてしまうというようなことを言っているのか。
もしかすると彼女も自己をしっかりと保つ為にはどうすれば良いのか悩んでいるのかも知れない。

でも僕は思う。
本質を全て壁で覆い隠すのではなく窓や玄関から外気や訪問者と交流をとって、本質と世界をやりとりさせることも必要だと思う。
彼女の壁に窓は。玄関は。


とにかく今日も平和だった。
明日も平和だろう。


(文・ビビンバ吉田)
心の乱れとは BlogEdit 1乱


今日も平和だった。
どのくらい平和だったかというと、"せ"という文字が徐々に変化して"ご"になってしまったごかいを「いらっしゃいまご」と力強くごっきゃくするごいねんがごごんえんをおさいごん箱に入れたら今度は"ご"が"り"になってしまい、更にりりんえんをおさいりんに、という事が繰り返され、さいりに文字は"ふ"ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、というくらい平和だった。
今日も家路につくと留守番電話をチェックする。
――1件。
再生ボタンを押す。
「私は深層意識で捕まえて欲しい、と思う時があってね。ヨーグルトみたいでしょ?」
やはり彼女からだった。
……。

しんそういしきでつかまえる?

彼女が思っている事は一体何だ。
深層意識というのは人の奥深くにある意識であって、明確な意識としてしまえばそれは既に深層意識でなく表層意識となってしまう。自分の中にありながら手が届かないものだ。
特に認識した事象を無意識に言語へ変換、表層レベルにまで情報を切り落としてしまう人間である限り、認識したものをありのまま留めておくことは不可能。つまり"それ"を"それ"のまま受け入れる事ができない限り、深層意識と表層意識を同次元に持ち得ない。
深層意識をそのまま使うにはすごい訓練が必要だと思う。たぶん言語を忘れるところから始めなきゃならないはずだ。難しすぎる。
しかもそれで捕まえるというのはどういうことだ。
深層意識から手みたいなものが直接にゅーんと伸びてがっちり捕まえるという事を言っているのだろうか。
彼女が捕まえて欲しいと言っているのだから実際見たことがあるのかも知れない。
いや、ヨーグルトみたいだと言ってるのだから深層意識から出てくる手はヨーグルトに似てる可能性が高い。
深層意識と発酵乳は、よく考えると似ている気もする。
そう、ビフィズス菌が胃で消化されずに生きて腸まで届くのと捉えた事象を切り落とさずそのまま奥深くで持ち得るという部分だ。
なんか似ている。
もしかすると似ている、というよりヨーグルトを大量に食べれば深層意識に手が作られるのではなかろうか?
ヨーグルトの手。
ヨーグルテ。
わかってきた。語呂もいいし、ありえる。
ヨーグルトはでろでろしてるからすごく捕まえにくそうだが、実践する価値はあるはずだ。
少なくともヨーグルトは体に良いから問題ない。
そして、もし手ができたならば深層意識で彼女を個体そのものとして何ひとつ漏らすことなく、認識をかえることなく捕まえ、捉えることができるのだ。

とにかく今日も平和だった。きっと明日も平和だろう。


(文・ビビンバ吉田)
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